1あなたの存在理由は? 投稿者:鎖鎌  投稿日:2007年08月30日(木)21時37分34秒


あなたの存在理由は何ですか?
そして、あなたは何者ですか?

そう聞かれたとき、どう答えますか。
2つ目の質問には名前を名乗る人が多いかも知れませんが、
名前こそ己が証とするのでしょうか。
また、1つ目の質問に、瞬時に答えられますか。

2投稿者:テレビの存在理由を知りたければ  投稿日:2007年08月31日(金)20時10分32秒
テレビがない環境で生活をしてみればいい。
自分の存在理湯が知りたければ、自分が居ない環境で生活してみれば良い。

しかし、自分が居ない環境というのはそもそも自分が居ないのだから、そこで生活は出来ない。
つまり、自分の存在理由を知りたがるという行為はそれだけで矛盾しているという事だ。
3投稿者:何か違和感を感じると思ったら  投稿日:2007年09月02日(日)05時42分54秒
>2
それは存在理由ではなく存在意義の説明だ。
そして、知りたがるという行為自体は矛盾していない。よく考えれば気付ける。

一つ目の質問。
本音を言うと、この世界に聞け。
俺はこの世界に存在するのだから、この世界は俺の存在理由を知っているはずだ。
つまるところ、俺自身は知らないし、分からない。

二つ目の質問。やっぱり分からない。
俺の名前、俺の体、俺の脳……これらは「俺の物」であって「俺そのもの」じゃないんだ。
ちょっと馬鹿なことを言うと、「俺」というのも「俺の一人称」であって「俺そのもの」じゃないんだ。
己の証として使えるとしたら「我思うゆえに我在り」ぐらいしか無い。
4投稿者:うーん・・  投稿日:2007年09月06日(木)15時29分39秒
10代は何者でもないよな
20代で一応の職業選択して、子供つくって・・
30代で着実に出世しながら、子供育てて・・
40代でひとかどの実績立てて・・

自分が何者であるのかハッキリしてくるのは50代だろう
5投稿者:いやハッキリするんじゃなくて  投稿日:2007年09月06日(木)19時22分47秒
そんな分かりきった事を何を今更、とか
もうそんな事どーでもいい、とか思う年頃じゃね?
6投稿者:あー  投稿日:2007年09月07日(金)22時08分56秒
>、「俺」というのも「俺の一人称」であって「俺そのもの」じゃないんだ。
己の証として使えるとしたら「我思うゆえに我在り」ぐらいしか無い。


思う【原因】    ゆえに【→】     在り【結果】


心の中で思ってることが自分そのもの。
しかし普通の人の心の中身は、数秒で消えていくような思いの混沌。
悪く言えば掃き溜め。

だから心の中で一番強く念じてきたもので自分を代表させる。

そういう想いを持たないで生きてきた人間は、心の中身どうり掃き溜めという評価になるんだよな




7投稿者:>だから心の中で一番強く念じてきたもので自分を代表させる。  投稿日:2007年09月09日(日)00時44分51秒
そんなに深く考えることは無いんじゃないか?
みんなが「俺」で自分を表すのは、それが自分を表す言葉だって教えられただけの話だし。
8投稿者:いまの自分はどれだろう  投稿日:2007年11月11日(日)10時56分18秒
孤独。
孤立。
孤高。
9投稿者:俺はたぶん孤立  投稿日:2007年11月11日(日)12時52分17秒
10投稿者: 投稿日:2008年05月29日(木)18時30分01秒
存在理由
 今は某スピリチュアルカウンセラーE氏によるところの
『修行』のためだと考えている。
前世で果たせなかったことの実現。心を向上させるため。
あらゆる経験を積むため。
でも存在理由なんて生きていれば次第に変わっていく。
普遍的なテーマだから。


あなたは何者か。
 それってどこまでを"自分自身"と考えるかの境界線で変わってくる。
名称や身体までは自分ではないという人もいるし、過ごしてきた人生全部を含めて自分という人もいる。

私は自分というものを単体範囲で考えているけれど、
それが自分を何者としたときの答えにあてはまるのかも疑問。
私は私。それ以外の何者も私ではない。だから私は私だ。
と思ってますよ。
11投稿者:教室での僕は、  投稿日:2008年08月09日(土)04時19分43秒
あいかわらずいろいろなことを偽って生活していた。
できるだけ目立たない平均的な生徒として生きることは簡単だった。
彼女は必ずいつも一人で行動していた。
いじめられている、というわけではない。
むしろ逆に、周囲の人間とは自分から縁を切っているような態度で、いつも席についている。
自分はみんなとは趣味も嗜好も違うのだ、という雰囲気を無言で発散しているようだった。
もしも僕が周囲への演技をやめたとき、今の彼女のようになるのだろうかと考える。
僕が究極的に無感動で慈悲のない人間だと周囲の者たちが知ったとき、
どれほど生きていくことが困難になるのだろう。
そして、今の状況とそのときに置かれる立場とを比較して、どちらが孤独かというと、
それはたいして変わらないにちがいない。
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